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大阪地方裁判所 昭和63年(わ)599号 判決 1988年7月28日

主文

被告人甲を懲役七月に、被告人乙を懲役一〇月に、被告人丙を懲役一〇月に各処する。

被告人三名に対し、未決勾留日数中各二〇日をそれぞれその刑に算入する。

被告人丙に対し、この裁判の確定した日から三年間その刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人甲は、暴力団会津小鉄会系○○組内元村組若頭、被告人乙は、右○○組若頭補佐、被告人丙は、暴力団合田一家内××組組員であるが、被告人乙は、かねてより知人からAに対する金員の取立てを依頼されていたため、被告人甲及び被告人丙に対してその協力方を求めて同被告人らから了承を得ていたところ、被告人三名は、昭和六三年二月六日、自動車で右Aに対する金員の取立てに赴く途中、大阪府豊中市寺内<住所省略>所在のメゾン△△駐車場内に駐車したが、被告人甲が所用で一時その場を離れた際の同日午後一時五分ころ、被告人乙及び被告人丙の両名は、右駐車場内において、偶然、右Aの三男であるB(当時二二年)を発見し、同人を被告人らの自動車に乗せようとしたが同人に抵抗、拒否されたことから、なおも同人を右自動車に乗せるため、被告人乙及び被告人丙は、共謀のうえ、そのころ、同所において、右Bに対し、こもごもその腕を引っ張り、被告人乙においてその腰部を殴打し、右下腿部を足蹴にするなどし、更にこもごも右Bの身体に抱きつくなどの暴行を加えて同人を右自動車に乗せようとしていたところ、そのころ、所用を終えて右駐車場に戻ってきた被告人甲は、同所において被告人乙と被告人丙が右Bと前記のとおり揉み合っているのを見るや、とっさに事態の成行きを察知し、右被告人両名の右暴行の概況を認識のうえ同被告人らに加担する意思を抱き、被告人乙及び被告人丙とその旨意思を通じ合い、引き続き、同所において、被告人三名は、こもごも右Bの頚部及び背部等を手拳で殴打し、その腰部を押すなどの暴行を加え、よって、右一連の暴行により、同人に対して加療約一週間を要する右下腿・頚部・腰部打撲傷の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)<省略>

(事実認定の補足説明)

一  まず、本件公訴事実の記載によると、検察官は、被害者Bの負った各傷害は、いずれも被告人三名の共謀に基づく各暴行によって生じたものである旨主張しているものと解されるが、関係証拠によると、判示認定のとおり、当初は被告人乙と被告人丙が共謀のうえ被害者に暴行を加え、被告人甲は、その途中から他の被告人両名に加担して自らも被害者に暴行を加えたものと認められるところ、関係証拠によって認められる被告人三名の被害者に対する右各暴行の態様に徴すると、被害者の負った右下腿、頚部、腰部の各打撲傷のうち、少なくとも右下腿の打撲傷は、被告人甲が右のとおり加担する前に、被告人乙が被害者に加えた右下腿足蹴りの暴行によって生じたものと認めるのが相当である。

しかしながら、後記のとおりその信用性を肯認し得る被告人甲の捜査段階における供述その他の関係証拠によると、同被告人は、被告人乙から、右被害者の実父であるAに対する債権の取立てに同道してほしい旨要請されてこれに応じ、本件当日、被告人乙及び被告人丙と共に本件現場に赴き、その後所用のために一時同所を離れたが、これを済ませて右現場である駐車場に引き返しかけたとき、現場の方から「手離さんかい、金返さんかい。」と大声で怒鳴る声が聞こえたので急いで同所まで戻ってくると、被告人乙及び被告人丙が、抵抗している右被害者に抱きつくような格好で、「早よ車に乗れ、ここでは話にならん。」などと怒鳴りながら、被害者を被告人らの自動車に乗せようとしているのを認め、その様子から、被害者が自分達が金員取立てを企図していた相手方である右Aの実子であると考え、同時に被告人乙らの意図を察知して、とっさに同被告人らに加担しようと決意し、同被告人らとその旨意思を相通じたうえ、直ちに同被告人らと共に、右被害者を自動車に乗せようとして判示の暴行に及んだことが認められる。そして、このような事実関係からすると、被告人甲は、自己が現認した被告人乙及び被告人丙と右被害者との状況から、それまでの同被告人らの被害者に対する暴行の概況を認識したうえで、あえてこれに加担しようと考え、同被告人らと共謀して判示の暴行に及んだものと認めるのが相当であり、被告人甲において、被告人乙らの被害者に対するそれまでの暴行につき全く認識を欠き、これとは無関係に同人に対して暴行に及んだものとは到底認められないのであるから、被告人甲は、その加功前に被告人乙及び被告人丙がなした暴行によるものも含め、被害者の全ての受傷につき、傷害罪の共同正犯に問擬されるものといわなければならない。

二  次に、弁護人らは、被告人らの暴行の態様につき、被告人甲は、被害者が自動車のアンテナを掴んでいる手をほどいて離させただけで殴打等はしておらず、被告人乙は、被害者の胴体に抱きつき、自動車に乗せようとして引っ張っただけであり、また被告人丙は、右腕で被害者の首を押さえつけ、その足を引っ張っただけであって、各被告人は、いずれも被害者を受傷させるような暴行には及んでいない旨主張し、被告人らも、当公判廷において、最終的には概ね右主張に沿う供述をしている。

しかしながら、被害者Bの捜査段階における供述及び診断書によると、同人は、被告人らの本件暴行によって判示の傷害を負ったことが明らかであるところ、被害者の右供述の信用性を疑わしめる格別の事情はなく、更に、被告人らも、捜査段階において、当初はいずれも暴行の事実を否認していたものの、その後の取調べにおいてそれぞれ、本件が共犯事件であることからいずれは真相が露見するものと考えたとして判示のとおり被害者に暴行を加えた旨を自白し(特に、被告人甲は、本件が前件の恐喝未遂罪等による刑の執行猶予期間中のものであり、本件が有罪になると右の執行猶予が取消されて服役しなければならなくなる等と考えて本件への関与を否認していたが、今後は暴力団と手を切って立ち直りたいと思う旨述べて自白に転じている)、その後は一貫して右自白を維持しているところ、右の自白の動機は十分了解が可能であり、また各自白内容も詳細で臨場感に溢れ、それ自体に特段不自然、不合理な点はないうえ被害者の供述とも概ね一致しており、いずれも措信するに難くない。被告人らは、前記のとおり、当公判廷において、最終的には判示のごとき暴行をなした事実を否認しているが、これらは、右にみたとおりその信用性を肯認し得る被告人ら及び被害者の捜査段階における各供述に反するばかりか、その点をしばらく措くとしても、被告人らは、いずれも第一回の公判期日において起訴事実を全て認める旨述べているのであり、その後これを否認するに至ったことにつき納得できる理由を見出し難いこと、被告人らの右各供述を前提とすると、被害者が判示のとおりの傷害を負った事実の説明がつかないことなどの点に鑑みても、被告人らの右各否認供述は、到底これを信用することができない。

なお、弁護人らは、被告人甲及び被告人乙の捜査段階における自白は、いずれも捜査官の同被告人らに対する暴行、脅迫の結果得られたもので、その任意性には疑問がある旨主張し、同被告人らも、当公判廷において右主張に沿う供述をしているが、同被告人らが捜査段階において自白するに至った経緯ないし動機からは、捜査官による自白の強要という事情の存在を窺うことはできないこと(被告人甲が自白するに至った経緯及びその心情は前記のとおりであり、自白の動機として十分首肯し得、また被告人丙は、当初暴行の事実を全面的に否認していたが、その後、暴行の事実は認めつつも、その具体的状況は話せないと述べ、その数日後の取調べで全面的に自供しており、そのような供述の変遷状況に鑑みても、右の自白が捜査官に強要されたものとはいえない)、右被告人両名の自白内容は、最初に本件現場において被害者の自動車を発見した際の状況、被告人甲が自動車のアンテナを掴んでいる被害者の手を離させた状況及びその後の被告人三名の被害者に対する暴行の具体的状況等の重要な点で互いに必ずしも一致しておらず(のみならず、その一部は被告人乙の自白内容とも同一ではない)、そのことからみても、被告人甲及び被告人丙の各自白は、それぞれ当時の記憶に従ってなされたものと認められることなどの点に徴すると、右各自白の任意性は十分これを認めることができる。

以上のとおり、弁護人の前記主張は採用できない。

(被告人乙の累犯前科)

被告人乙は、昭和六〇年三月二九日、京都地方裁判所において覚せい剤取締法違反罪により懲役一年八月及び罰金五〇万円に処せられ、同六一年四月一一日右懲役刑の執行を受け終ったものであって、右の事実は、検察事務官作成の前科調書及び当該判決書謄本によってこれを認める。

(法令の適用)

被告人三名の判示各所為は、それぞれ刑法六〇条、二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するところ、被告人三名につき、その所定刑中それぞれ懲役刑を選択し、被告人乙には前記の前科があるので、刑法五六条一項、五七条により、同被告人につき判示の罪の刑に再犯の加重をし、同被告人についてはその刑期の範囲内で、被告人甲及び被告人丙についてはその所定刑期の範囲内で、被告人甲を懲役七月に、被告人乙を懲役一〇月に、被告人丙を懲役一〇月に各処し、刑法二一条を適用して、被告人三名に対し、未決勾留日数中各二〇日をそれぞれその刑に算入し、被告人丙に対し、刑法二五条一項を適用して、この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予することとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官湯川哲嗣)

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